こんにちは!ぼくは三浦半島のダイビングショップでダイビングインストラクターをやっています。今日は、海中の緑色の海藻の上に住む小さな生き物「ミドリアマモウミウシ」について書きたいと思います。写真を見ていただくと、緑色の海藻の上に白い小さな物体が乗っているのがわかりますね。実はこれ、数ミリほどの大きさしかない、とても珍しいウミウシなんです。
目を凝らさないと見えない小さな命
海の中を泳いでいると、いろいろな生き物に出会いますが、ミドリアマモウミウシはその中でも特に見つけるのが難しい生き物の一つです。体長はわずか5mm程度で、しかも緑色の海藻に擬態しているため、本当に気づきにくい存在なんです。
ミドリアマモウミウシの体は半透明の緑色をしています。この緑色は、体内に張り巡らされた緑色の消化腺によるもの。背中には細長い紡錘形の突起があり、その先端部分には白い点々が集中しています。この白い点々があるおかげで、緑色の海藻の上でも、目を凝らして探せば見つけられるんですね。
名前の由来は、「ミドリ」が体色から、「アマモ」は海草のアマモに似た形状から、そして「ウミウシ」は、もちろんウミウシの仲間だからです。ぼくが初めてミドリアマモウミウシを見つけたときは「え?これが生き物?」と思ったくらい、海藻との区別がつきにくかったです。
植物のような能力を持つ不思議な生き物
ミドリアマモウミウシの最も興味深い特徴は、「盗葉緑体現象」という驚くべき能力を持っていることです。これはいったい何かというと、食べた緑藻(タマミルやミルなど)の葉緑体を消化せずに体内に取り込み、光合成を行わせるという驚くべき現象なんです。
つまり、動物でありながら植物のように光合成ができてしまうんですね!これはすごいことで、地球上でこのような現象が見られるのは一部のウミウシの仲間だけなんです。
科学的に説明すると、ミドリアマモウミウシは緑藻を食べると、その中の葉緑体だけを選択的に抽出して自分の体内細胞に取り込みます。そして取り込んだ葉緑体は数日から数週間にわたって機能し続け、光合成によって糖分などの栄養を生成してくれるんです。これを「盗葉緑体」(とうようりょくたい)と呼びます。
「盗葉緑体」という名前、ちょっと悪そうに聞こえますね。でも、正確には「クレプトプラスティ」(kleptoplasty)という現象で、「klepto-」はギリシャ語で「盗む」という意味、「-plasty」は「形成する」という意味があります。つまり「葉緑体を盗んで自分のものにする」というニュアンスなんです。
人間に例えると、「レタスを食べたら、そのレタスの栄養だけでなく、光合成できる能力まで取り込んでしまう」というような、SF映画にでてきそうな能力です。ぼくも最初に聞いたときは「え、そんなことができるの!?」と驚きました。
緑藻との密接な関係
ミドリアマモウミウシの生息場所は、主に彼らの大好物である緑藻が豊富なエリアです。特にタマミルやコブシミル、ミル(Codium fragile)などの緑藻の上でよく見かけることができます。
ダイビングやスノーケリングで海中の緑藻を見かけたら、少し目を凝らして見てみてください。もしかすると、緑藻に擬態したミドリアマモウミウシがひっそりと暮らしているかもしれません。
面白いのは、ミドリアマモウミウシと同じような場所に、テントウウミウシというこれまた小さなウミウシも一緒に見つかることがあるということ。タマミルという緑藻の上で、この二種類の小さなウミウシを観察できることもあるんです。二種類を比較して観察するのも楽しいですよ。
三浦半島でミドリアマモウミウシを見つけるには?
三浦半島の海でミドリアマモウミウシを見つけるのは、正直なところ、かなりの挑戦です。彼らはとても小さく、緑藻とほぼ同じ色をしているため、よほど注意深く探さないと見逃してしまいます。
三浦半島の長井や荒崎、諸磯などの磯で見つかることがあります。特に潮だまりに残された緑藻類をじっくり観察すると、運が良ければ発見できるかもしれません。また、ダイビングでは、緑藻が生息している岩場や砂地の境界付近を探すと見つかる可能性が高まります。
ぼくたちのショップでは、マクロ生物(微小な生物)に興味を持つダイバーのために、時々「ミクロダイビング」と呼んでいる、小さな生き物を探すツアーを実施しています。そんなときには、インストラクターが特にマクロレンズを持っていって、ミドリアマモウミウシのような小さな生き物を探すお手伝いをします。
ミドリアマモウミウシを見つけるコツは、緑藻をじっくり観察することです。急いで泳いでいると絶対に見つけられません。ゆっくりと浮遊し、一カ所をじっくり見ることが大切です。また、水中ライトを使うと見えやすくなることもあります。
小さな生き物から学ぶ生態系の不思議
ミドリアマモウミウシのような微小な生き物を観察していると、自然界の多様性や生態系の複雑さに改めて感銘を受けます。こんな小さな生き物が、植物の能力を借りて生きるという戦略を進化させてきたことに、自然の神秘を感じずにはいられません。
しかし、こういった小さな生き物たちも、海の環境変化に敏感です。水質汚染や気候変動は、彼らの生息環境や食料となる緑藻の成長に影響を与えかねません。
ぼくたちがダイビングやスノーケリングを楽しむ際には、自然を傷つけないように心がけることが大切です。岩に付いている海藻を無理に引き抜いたり、生き物を採集したりするのではなく、その場で観察して、自然のままの姿を楽しみましょう。写真を撮るときも、フラッシュを当てすぎないなど、生き物にストレスを与えないような配慮が必要です。
とはいえ、こういった小さな発見の積み重ねが、海の生態系についての理解を深め、守りたいという気持ちにつながっていくと思います。ぼく自身も、ダイビングを始めてから、こんな小さな生き物の存在を知り、海中世界の奥深さを実感するようになりました。
観察のヒント:大きさと時期
ミドリアマモウミウシは本当に小さいので、期待値を調整しておくことが大切です。体長5mmというと、米粒1〜2個分くらいの大きさです。肉眼で見つけるのは相当難しいので、水中マクロレンズやルーペがあると便利です。
見つけやすい時期としては、緑藻が豊富な春から夏にかけてが比較的良いでしょう。冬場は海藻の量自体が減ってしまうため、見つける難易度がさらに上がります。
またミドリアマモウミウシを見つけたら、動きもじっくり観察してみてください。太陽の光を受けて光合成している様子や、ゆっくりと移動する様子など、じっと見ていると、その小さな生命の営みに心を奪われることでしょう。
というわけで、次回三浦半島の海に潜る機会があれば、ぜひ緑藻の上の小さな宝石「ミドリアマモウミウシ」を探してみてください。見つけたときの喜びは、大物を見つけたときとはまた違った達成感があります。そして、そんな小さな生命から、自然界の奥深さを感じてみてはいかがでしょうか。
海の中には、まだまだ知られていない不思議がたくさんあります。ぼくたちと一緒に、そんな神秘的な海の世界を探検してみませんか?
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